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2018年10月14日 (日)

アラン・ドロン ラストメッセージ〜映画 人生 そして孤独〜を見た。

ウェルネスリンク  歩数ランキング: 
最近1週間の平均歩数:歩  目標達成:0/7 日  週間Ex量:0.0 Ex
今日は歩数計2241
家の中を往復20回(7m*2=14m?)*0=0回(14*20*6=2800m?)
歩くときのストップウォッチで速度をはかる。いまの私は健康な人の約6倍もおそい。私が歩くのは右足の筋肉と便秘改善と頭の体操です。往復20回で歩数計は約2000歩数になる。
①分48秒 ②分48秒  ③分13秒④分04秒⑤分09秒
⑥分06秒⑦分20秒⑧分03秒⑨分22秒
インテレクトEMSポータブルを右肩の骨(行三角筋前部繊維)と
右足の腰骨と大転子の間にパッドを貼りダイアルを下に回し電源を
入れて目安は3-4程度 20分*2回
ハディマッサージャー ハンディバイブ(一般家庭向け電気マッサージ器)を
右手にする。振動刺激で筋肉の緊張をやわらげる。歩くときに悪い右足にできるだけ重心をかけるようにして右足を前に出すときに杖も前に出す。
アラン・ドロン ラストメッセージ〜映画 人生 そして孤独〜
昨年、引退を表明したアラン・ドロン。1960年代から70年代にかけて、圧倒的な人気を誇ったドロンは今、最後の映画出演を控え、パリ郊外で犬と静かに暮らしている。“マスコミ嫌い”で知られるが、今回、独占インタビューが実現!波乱万丈の生い立ちから、自分を育ててくれた映画や監督、女性遍歴に磨かれたキャリアまで、胸中を吐露する。自らの引き際に、何を思い、何を語るのか…。“世紀の美男子”の最後のメッセージ。
彼の話から、映画を見たときの感動や考えさせられたことが脳裏に浮かびかつまた、小生よい人生をおくってきたと思えたこと。
投稿者:富雄/70歳以上/男性
すばらしい。
永久保存版にします。
”サムライ”に乾杯。
投稿者:みよごん/50代/女性
物心ついて、ハンサムな外国の俳優さんと言えば、まず思い浮かぶ人です。番組を見て、彼がどのような思いをもって俳優という仕事に臨んでいたのかを初めて知りました。一言一言に経験からにじみ出てくる重さが感じられ、ルックスだけでなく、人間的にも魅力的な俳優さんだなぁと思いました。
投稿者:うさぴょん/50代/女性
再放送せえ
投稿者:美男子/70歳以上/男性
晩年のドロンさんの様子を興味深く拝見させてもらった。今まで飼っていた30数匹の犬のお墓のそばに埋葬してもらうことが希望だとは、さすが犬好きのドロンさんだなぁーと感心しました。若いころは1960年代の映画をよく見ました。すばらしい監督たちと、天が与えた美貌とうまくかみ合った本当に幸運な人生の人です。
投稿者:文ちゃん/60代/男性
インタビューの後半でアラン・ドロンが言った言葉:「”アクター”(字幕では俳優)とは役を生きる者、役を演じるのは”コメディアン”(字幕でもコメディアン)」
に考えさせられた。日本には”俳優”が何人いるか?
なお、アラン・ドロンが言う”コメディアン”とは英語や日本語での”コメディアン”ではなく”役者”とでも訳した方が適切では?
投稿者:vinrouge/70歳以上/男性
みなさんは、アラン・ドロンをご存じですか? 去年、引退を表明した伝説のフランス人俳優です。1960~70年代、日本で圧倒的な人気を誇ったアラン・ドロンは、いま82歳になりました。
マスコミを好まない男として知られてきたアラン・ドロン。ところが今回、NHKが無理を承知で申し込んだ単独のロング・インタビューに応じると回答がきました。波乱万丈の人生を生きてきた彼は、自らの引き際に何を思い、何を語ろうとしているのでしょうか。
番組の企画をしたのは、於保(おほ)佐由紀プロデューサーと田代裕ディレクター。本人に会ったときのことや取材までの経緯など、番組の見どころを伺いました。
 企画から2年、やっと放送にこぎ着けました
──番組制作の経緯を教えてください。
於保:実はこの番組、ドロンさんが80歳になった2016年に一念発起して企画したものなんです。あれから2年。やっと放送にこぎ着けました(笑)。
2016年秋に正式に出演オファーを出し、ドキドキしながらお返事を待っていました。半年後の2017年2月、「受けます」と回答が! その年の7月にお会いできる……はずでしたが延期、9月にずれ込んだと聞いては延期、そしてことしの1月にやっとお時間をいただけることになりました(笑)。
田代:これだけスケジュールが合わないことが続いたので、僕はもう番組になることはないなと思っていました(笑)。引退のニュースもありましたし。ドロンさんは完璧主義だそうで、ご高齢なこともあり、万全な体調でご出演したいという思いがあったようです。
 プロフェッショナルな仕事をしましょう
──インタビュー当日はどんな様子でしたか?
於保:いざお会いできると思うと、本当に緊張しました(笑)。ドロンさんは私たちのそんな様子に、「そんなに僕に気を遣っちゃだめだ」「僕たちはいいものを作らなければいけないんだから、プロフェッショナルな仕事をしましょう」とおっしゃってくださいました。今回は女性スタッフが多かったので、全員に握手とハグもしてくださいました(笑)。
──ドロンさんのインタビューの見どころは?
田代:ドロンさんは、『太陽がいっぱい』(1960年)で一躍脚光を浴びるのですが、その後は名だたる巨匠からオファーが続いたんだそうです。代表格は、ルキノ・ヴィスコンティ監督の作品。その監督から何を学んだのかというお話しをしてくださいます。
また、僕自身が気になっていたこともお聞きできました。映画『サムライ』(1967年)で暗殺者役だったドロンさんは、腕時計を右腕にしているんです。しかも文字盤は内側。銃や帽子をさわると右手が映るのですごく目立つんですね。そして、『仁義』という映画でも時計は右腕に。どうして右腕だったのか。ファンの間でも当時からうわさになっていたそうで、今回その理由を伺えてよかったです。
於保:ドロンさんの生い立ちについても、ご本人の口から聞けました。両親の離婚、行き場がなく志願兵で戦争へ行った話、それを話すドロンさんの表情が印象的でした。小さいころに負った心の傷というのは、80歳を過ぎても忘れられないのだなと感じましたね。
 映画界の“ストラディバリウス”!?
──ドロンさんを知るうえでゆかりのある方々にもお話を聞いたそうですね。
田代:ドロンさんが引退表明をされたとき、最後の映画出演も発表されたんです。それが、パトリス・ルコント監督の作品です。ルコント監督には、ダメもとで番組出演のオファーをしたら快く引き受けてくださり、少しですが新作のストーリーについても話してくださいました。監督とドロンさんのタッグは今回が2回目です。ドロンさんのことをよく知る監督が、彼を「映画界のストラディバリウス(※1)だ」と言っていたことが印象的でしたね。
(※1)ストラディバリウス=17~18世紀イタリアのストラディバリ父子3人が製作した弦楽器群。世界最高峰のバイオリンの代名詞とも言われる
パトリス・ルコント監督
田代:また、ドロンさんは日本のテレビコマーシャルに11年間シリーズで出演していました。今回は、そのコマーシャルを作った方々にもお話を聞いています。すでに大スターだったドロンさんの出演交渉を買って出てくれたのが、三船敏郎さんだったそうです。アパレルメーカーの広報部長や代理店の担当者などに、出演までの詳しい経緯や三船さんとの仲などもお聞きでき、とてもワクワクするような対談になりました。
ドロンさんのコマーシャルを作った方々!
──最後に、視聴者のみなさんにメッセージをお願いします。
於保:今回の取材にあたり、ドロンさんの映画を5、60本見直したんです。改めて、武士道のような1本すじが通ったプロフェッショナルなかっこよさこそ、日本人女性がドロンさんにひかれた理由のひとつなのではと思いました。こんなかっこいい方がいろいろな映画を作っていたんだということを再認識してもらえるとうれしいなと思います。
田代:僕は、“ドロン=かっこいい”と思って育ちました。なので正直、今回のインタビューを撮るまでは、80歳になった姿では画がもたないのではと思っていました。でも、姿を拝見したら、今でも色気や雰囲気があって相変わらずかっこいいんですよね。その話している姿を見られるだけでも貴重なのではと思っています。
また今回、1964年(東京オリンピックの年)のドロンさん来日時に密着していたカメラマンにも、当時のお話を聞くことができました。そして今回のインタビューの最後も、2020年の東京オリンピックのことで終わるんです。その辺のお話も楽しみにしてほしいですね。

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