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2018年10月21日 (日)

先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「太宰治 その絶望を超えてゆけ」と歴史秘話ヒストリア「まぼろしのノーベル賞 世界初!がんを作った男」を見た。

ウェルネスリンク  歩数ランキング: 
最近1週間の平均歩数:歩  目標達成:0/7 日  週間Ex量:0.0 Ex
今日は歩数計476
家の中を往復20回(7m*2=14m?)*0=0回(14*20*6=2800m?)
歩くときのストップウォッチで速度をはかる。いまの私は健康な人の約6倍もおそい。私が歩くのは右足の筋肉と便秘改善と頭の体操です。往復20回で歩数計は約2000歩数になる。
①分48秒 ②分48秒  ③分13秒④分04秒⑤分09秒
⑥分06秒⑦分20秒⑧分03秒⑨分22秒
インテレクトEMSポータブルを右肩の骨(行三角筋前部繊維)と
右足の腰骨と大転子の間にパッドを貼りダイアルを下に回し電源を
入れて目安は3-4程度 20分*2回
ハディマッサージャー ハンディバイブ(一般家庭向け電気マッサージ器)を
右手にする。振動刺激で筋肉の緊張をやわらげる。歩くときに悪い右足にできるだけ重心をかけるようにして右足を前に出すときに杖も前に出す。
先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)「太宰治 その絶望を超えてゆけ」
6月19日は太宰治の桜桃忌。死後70年、今も若者に絶大な人気の文豪が、生きる苦しみを乗り越えたしたたかな知恵とは?感動作「走れメロス」衝撃と脱力の裏話とは?
6月19日は太宰治の誕生日であり、遺体が発見された日、桜桃忌。死後ちょうど70年、「人間失格」など名作の数々で今も若者に絶大な人気の文豪が、生きる苦しみを乗り越え続けた“したたかな知恵”とは?実家への依存と不満。繰り返す自殺未遂。出口のない苦悩を作家としてのヒットに結びつけた、逆転成功のカギとは?感動作「走れメロス」に隠された、仲間との友情と衝撃と脱力の裏話とは?太宰治の意外な隠れた強さに迫る。
【司会】新井秀和,【ゲスト】室井佑月,西村賢太,東京大学文学部教授…安藤宏,【声】関俊彦,樫井笙人

歴史秘話ヒストリア「まぼろしのノーベル賞 世界初!がんを作った男」
今年、ノーベル賞に日本の本庶佑 京都大学特別教授が選ばれました。
およそ90年前、日本人初のノーベル賞にもっとも近づいた男がいました。本庶さんと同じ生理学・医学部門で、あの湯川秀樹博士よりも早く受賞したかもしれない日本人研究者です。その名は、山極勝三郎(やまぎわかつさぶろう)。山極勝三郎は20世紀はじめ、がん研究で世界のトップに立った医学者なんです。人の手でがんを作る実験を世界で初めて成功させ、ノーベル賞間違いなしと期待されました。しかし、まさかの落選。ところが、山極の死後、衝撃の事実が発覚!ノーベル賞をめぐる物語は再び動き始めました。がん研究の未来を切り開いた男の知られざるドラマです。
山極勝三郎とは?
世界ではじめて人工ガンの造成に成功し、ガン研究に多くの業績を残した医学博士です。勝三郎は、江戸時代末期、上田藩の山本政策の三男として生まれました。明治12年に上京し、上田藩出身ですでに東京で開業していた医者・山極吉哉の養子となり、ドイツ語を学びながら医師を目指しました。明治13年に17歳で東京帝大医学部予科に入学、その後、本科に入学し25歳で卒業。その間、学業は優秀で特待生にも選ばれ、勉学に励む勝三郎の胸には、いつも大きな夢と希望がありました。
明治24年、28歳で医学部助教授の時ドイツに留学し、帰国後の明治28年には東京帝大医学部教授に就任。専門は病理解剖学で、特に癌研究では日本の第一人者でした。明治32年には肺結核を患いましたが、長い闘病生活の中でも医学研究を続け、42歳の時「胃癌発生論」を出版しました。入退院や家庭療養を繰り返す中で大正12年の50歳の時、研究熱心な市川厚一助手とともに、癌発生の予備実験研究に着手しました。当時、癌の発生原因は不明であり、主たる説に「刺激説」「素因説」などがありましたが、勝三郎は煙突掃除夫に皮膚癌が多いことに着目して刺激説を採り、実験を開始しました。その実験はひたすらウサギの耳にコールタールを塗布し続けるという地道なもので、すでに多くの学者が失敗していました。しかし、勝三郎は助手の市川厚一と共に、実に3年以上に渡って反復実験を行い、大正4年5月、ついに兎耳に癌の細胞を発生させることに成功しました。「癌出来つ意気昂然と二歩三歩」これはそのときの感激の句作であるといわれています。
世界初の人工癌発生のこの偉業は、ノーベル賞候補になりましたが、当時の日本の国際的な地位などの事情で、選考もれになってしまいました。現在の人工癌の発生、それによる癌の研究は勝三郎の業績に拠ると言われています。山極博士の墓は、東京の谷中の共同墓地にありますが、その偉業をたたえる碑と胸像は上田城跡公園に、胸像は上田市立第三中学校にも建てられています。

https: 見逃した//テレビドラマを見る方法.xyz/歴史秘話ヒストリア/がんを作った男_山極...

エピソード1 日本人を病から救いたい
 
山極勝三郎の著書「胃癌(がん)発生論」
明治の秀才青年・山極勝三郎は医学、特に病の原因をつきとめ治療に生かす「病理学」を生涯の仕事と定めます。3年のドイツ留学で最新の病理学を学んだ山極は帰国後、当時あまり知られていなかったある病の恐るべき脅威に気づきます。その病とは「がん」――。
 
エピソード2 我々は決してあきらめない
山極は、がん発生のメカニズムを解き明かそうと「人工発がん実験(人造でがんを作る)」を始めます。しかし、当時成功例が皆無だったこの実験は、周囲からも冷ややかな目を向けられ孤独な闘いに。しかし、そんな状況を一変させる日が…決め手となったのはウサギとクマ!?
 
ウサギが難局突破のカギに…?(ドラマパートより)
 
エピソード3 まぼろしのノーベル賞
 
日本人初のノーベル賞受賞は山極だったかも…
人工発がん実験をついに成功させた山極。国際的な注目も集め、ノーベル賞候補にも取りざたされます。実に、湯川秀樹の20年あまり前。受賞間違いなしと考えられていましたが、まさかの落選。しかし山極の死後、驚きの真実が明かされることに……。
 
参考文献
『東京帝国大学病理学教室五十年史(上下巻)』(長與又郎 病理学教室五十周年記念会)※絶版・入手困難
『世界初の人工発癌(がん)に成功した山極勝三郎』(小高健 学会出版センター)
『まぼろしのノーベル賞 山極勝三郎の生涯』(神田愛子 国土社)
『山極勝三郎博士の生涯と業績』(上田市立博物館)
『ノーベル賞文書から見た日本の科学』(岡本拓司 科学技術史・第4号)

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