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2018年9月10日 (月)

去年から今年4月までの病気で全く歩ることができなかった。8日間で歩数計が1000歩数以上になった。看護師がきた。 右足の傷の褥瘡(じょくそう)をなおしをした。 理学療法士がきた。家の中を往復(7m*2=14m?)*20=280m?)歩きする.。アナザーストーリーズ▽ゴッホのひまわりを落札せよ〜バブルの遺産 31年目の真実を見た。

ウェルネスリンク  歩数ランキング: 
最近1週間の平均歩数:歩  目標達成:0/7 日  週間Ex量:0.0 Ex
今日は歩数計1386
家の中を往復20回(7m*2=14m?)*0=0回(14*20*6=2800m?)
歩くときのストップウォッチで速度をはかる。いまの私は健康な人の約6倍もおそい。私が歩くのは右足の筋肉と便秘改善と頭の体操です。往復20回で歩数計は約2000歩数になる。
①分48秒 ②分48秒  ③分13秒④分04秒⑤分09秒
⑥分06秒⑦分20秒⑧分03秒⑨分22秒
インテレクトEMSポータブルを右肩の骨(行三角筋前部繊維)と
右足の腰骨と大転子の間にパッドを貼りダイアルを下に回し電源を
入れて目安は3-4程度 20分*2回
ハディマッサージャー ハンディバイブ(一般家庭向け電気マッサージ器)を
右手にする。振動刺激で筋肉の緊張をやわらげる。歩くときに悪い右足にできるだけ重心をかけるようにして右足を前に出すときに杖も前に出す。
看護師がきた。 右足の傷の褥瘡(じょくそう)をなおしをした。 理学療法士がきた。家の中を往復20回(7m*2=14m?)*20=280m?)歩きする.
去年から今年4月までの病気で全く歩ることができなかった。(2018年4月19日 (木):私の今回の病気
8日間で歩数計が1000歩数以上になった。
アナザーストーリーズ▽ゴッホのひまわりを落札せよ〜バブルの遺産 31年目の真実

バブル景気に沸いた1987年、日本企業が53億円で落札したゴッホの代表作「ひまわり」。その記録的な金額は、ジャパンマネーの脅威として物議を醸した。それから31年、あのオークションの舞台裏を当事者たちが証言!!美術をよく知らないまま巨額の買い付けを命じられたサラリーマン、日本企業に売るための戦略をひそかに練っていたオークション責任者、両者に芽生えた不思議な信頼関係とは?手に汗握るアナザーストーリー。

バブル景気に沸いた1987330日にロンドンで行われたオークションで、ゴッホの絵画『ひまわり』が53数億円で落札された。

落札したのは安田火災海上(現・損保ジャパン日本興亜)。所有する土地や株式、債券を運用して大きな収益(キャピタルゲイン)を上げる運用方法は、当時を強くイメージさせるが、『ひまわり』の高額購入もこの流れで生まれたニュースのひとつとなりました。

バブルがはじけた後、多くの名画は売り払われたが、この名画は今なお日本に残っています。それから31年、あのオークションの舞台裏を当事者たちが証言します!!

美術をよく知らないまま巨額の買い付けを命じられたサラリーマン、日本企業に売るための戦略をひそかに練っていたオークション責任者、両者に芽生えた不思議な信頼関係とは?

手に汗握るアナザーストーリー。

アナザーストーリーズ▽ゴッホひまわりを落札せよ~バブルの遺産 31年目の真実

保険会社のサラリーマンだった阿部肇(あべはじめ)。突然、海外のオークションに参加し、歴史的名画を買ってくるという驚きの任務を担当することになりました。

あの歴史的オークションを切り盛りし、史上最高額を演出した元クリスティーズ社員ジェームズ・ラウンデル。どうやってオークションを盛り上げるか、戦略を練って臨んでいました。

53億円が投じられた歴史的傑作「ひまわり」に持ち上がった、まさかの贋作疑惑。ゴッホ美術館主任学芸員ルイ・ファン・ティルボルフは、その疑惑と戦い、決定的な証拠をつかみました。

皆さんも きっと見た事があるこの絵。実物大です。いかにもゴッホらしい大胆なタッチ 鮮やかな色使い。この歴史的名画。実は数奇な運命の末に日本にやってきたものなのです。

1980年代。日本は空前の好景気に沸いた。金が余り株価も土地の値段もぐんぐん上がる。だが、あのバブルの時代日本企業の行動は世界から数々のバッシングも浴びた。

ハリウッドの大手映画会社を買収。「アメリカの魂を金で買った」と言われた。更に ニューヨークの象徴ロックフェラーセンタービルの買収が火に油を注いだ。節操なく世界を買いあさるジャパンマネー。その典型的な一例があのオークション・・・

と見られがちなのだが、実はこの「ひまわり」バブル崩壊後も日本で大切に守られてきた。その原点となった数奇な"えにし"を探る。

運命の分岐点は、1987330日。ロンドンで行われたオークションで日本企業が 「ひまわり」を競り落とした日です。

1の視点は、その時オークション会場に派遣された、「ひまわり」を必ず ものにしろと厳命された男の手に汗握るアナザーストーリー。

「ひまわり」を落札した会社はここ新宿にある。旧安田火災海上保険。

1枚の写真が残っている。「ひまわり」が到着した日に撮られた記念写真だ。

あの絵を買おうと思い立ったのは社長の後藤。だが、もちろん会社に美術のプロなどいない。なじみの部下を担当に指名した。

「あっ。こんにちは。 阿部です。よろしくお願いします」

担当した阿部肇。今年 85歳。その指示は 寝耳に水だった。

「まあ 驚きましたよね。私ほとんど美術については門外漢。詳しくはなかったですよ。私のところにお鉢が回ってくるとは予想していなかったですからね。大変驚きましたよ」

そもそもなぜ保険会社があの 「ひまわり」を買おうとしたのか。話はその10年前に遡る。

1970年代 マイカーブームを受けて自動車保険に進出し業績を伸ばしたのが安田火災だ。

そのころ建てられたのが新宿の一等地の本社ビル。

そこに美術館もつくったのは利益を社会に還元するためだ。だが 客足は伸び悩んだ。美術館になにか目玉を・・・切なる希望が 先々代から後藤に伝えられたという。

「この美術館を一人前の美術館になんとかしたい・・という事を再三再四後藤さんに言ったらしい。そのためには目玉がほしい。世界中の誰もがああ、あの絵があるのかという目玉がという事を後藤さんにいろいろ話の中で出てたんでしょうね。

もうすぐ会社は創立100周年。日本中が バブル景気に沸く中。その目は自然海外の有名絵画に向けられた。そんな ある日、阿部は社長の後藤に呼び出された。「ひまわり」の買い付けを頼むという指示。心底驚いた。

入社以来 海外の保険会社との交渉は行ってきた。だが美術などビジネストークのネタ程度にしか知らない。

「君は この前の日曜日はどうしたんだ?というような事はよく聞かれますから。「ルーブルへ行ってきましたよ」と。「あそこの中で感心したのはこういう絵の展示がありまして。私は間近に見たのは初めてだから大変感動しましたよ」とか。そういうような話をしながら相手と仲良くなるというかそういう必要があったもんですからね。私はほとんど美術については門外漢といいますかね詳しくはなかったですよ」

指名された理由は恐らく1つ。実はこの直前。偶然クリスティーズに知り合いができていたのだ。

時計の針を4か月前に戻そう。

イギリスの親しい取引先が来日。彼に弟を紹介された。

聞けば ロンドンのオークション会社クリスティーズに勤めているという。実はこの男こそあの「ひまわり」で史上最高額を演出する事になる。阿部は何の気なく彼を 社長の後藤に紹介した。

「そんときはまだひまわりのひの字も出ていない。社長に私が紹介したような感じだから。変なやつだったら嫌だなと思ってたから。普通の人間だからよかったなと思って そのぐらいのもんですよ」

後藤の名画探しが本格化するのはこの紹介がきっかけだ。

その直後のオークションマネの名画が出品された。だが 価格は予想をはるかに超え、競り落とせなかった。この時 あの男の発したひと言を阿部は覚えている。

マネのオークションのあとで、次には大物があるのは事実である・・・その意味を阿部たちはこの招待状で知った。

次のオークションの出品作をじかに見る下見会。

そこには あの「ひまわり」が出品されると書かれていた。

言わずと知れた 印象派の巨匠フィンセント・ファン・ゴッホの代表作。しかも!ゴッホは 同じ構図の「ひまわり」を7点描いている。

このうち1点は戦争で消失。他の6点は 各地の美術館やコレクターの秘蔵品で売りに出される事は考えられない。だが今回ある所有者が亡くなり、遺産分配のため奇跡的に売りに出された。まさに 千載一遇のチャンス。

「ひまわり」の下見会は東京で開かれた。阿部は 社長の後藤と共に出かけた。

「今まで私が見た事がないような迫力を持った絵だなという事でね。ず~っと 最後までね。数十分 立ち尽くして見ておられたと思いますよ」

後藤は本格的に落札すべく阿部に担当を命じた。すぐに あの男ラウンデルに連絡を取った。すると落札価格はおよそ 1, 700万ポンド40億円になるだろうという。従来の最高価格の 実に3倍近い。僅か数週間後更に 驚愕の連絡が。ニューヨークの下見会で見込みが変わり予想は 2, 000万ポンドに上がったという。

「それは社長にお伝えしましたけどね。すぐ 間髪を入れずお伝えしましたけれども」

安田火災では 社長以下による緊急会議が開かれた。そこで下された決断を阿部は こう記している。

2, 000万ポンドを用意する事が決まった。

いよいよロンドンに向かう 前夜。阿部のもとに 再びあのラウンデルから国際電話が。

「なんと…すぐ 社長のところに電話をしたんですけれども。今 土曜日の夜でそれは難しいと。できないので とにかくで ロンドンの方にロンドンの お前に連絡をすると」

そのまま ロンドンに飛んだ阿部。着いたのはオークション当日の早朝だった。間もなく会社からこんな指示が伝えられた。

「その時に ちょっとただし書きが ついてましてね。難しいとこだったですよね」

予算の上限を2, 100万ポンドにする。だが。あとは 阿部に一任された。阿部はクリスティーズへ向かった。最後に あの男に確認しておきたかったからだ。

「ギリギリ2, 100万ポンドを出せば絶対に勝てるだろうか。しかし。「それで いけるか?」と言ったら、勝つにはそれではダメかもしれないと」

オーストラリアに強力なライバルが現れその予算では危ないとラウンデルは言う。

「というのはこれは本音だろうと。だから 果たしてだから それに乗っていいのか悪いのかというのが私としては非常に頭の中 駆け巡ってたわけだよね」

落札価格の1割がクリスティーズの もうけになる。あの出会いは偶然すぎないか。こんなに予想価格が上がっていくのは普通の事なのか。果たして この男を信じていいのか?

「どうするかなという事で もうさんざん 悩んだんだけどね。今ならね 携帯電話があるからねすぐにでも東京に携帯で。当時は そんなものなかったからね」

私としても。阿部は決断した。自分の責任であと200万ポンドを のせる。

「そこまで 持たせたらば、彼は 回答したわけですね。その時のまあ 言ってみればね目の色とか 表情とかそんなのを 私 見ていて」

会社からの指示が もう一つ。あまりの高額になるため世間を刺激せぬよう「極秘事項」とする。阿部は ラウンデルを代理人に立て影から合図を送る事にした。2, 300万ポンドまでは任せる。腕を解いたら 降りる合図だと。

人生最大の決断をかけいざ オークション会場へ。阿部は 前から2列目に。ラウンデルは その左側。電話で誰かと話すふりをしながら阿部の動きを見守る。ついに「ひまわり」が姿を現した。

「「ひまわり」の あの絵が全体がパッと出てくるわけ。その瞬間に テレビカメラがいっぱい来てましたからそれが 一斉に照明あてるからみんな どよめきが起きましたね。私も 「わ~!」と思ったもんね。いよいよ出てきたなと思ってね」

オークションが始まった。たちまち1, 000万ポンドを突破。2, 000万ポンドを突破。ライバルはこの 眼鏡の女性。彼女が オーストラリア人の代理人なのか?会社が許可した2, 100万ポンド!ライバルの代理人が 首を振った。

阿部が最後に上乗せした金額で勝負は ついた。

「座り直す阿部さんがいて…。座り直したかもしれないね」

「これ… ここら辺だな。ああ これこれ これこれ」

「今座り直してるね。やれやれっていう感じなんじゃない?」

「こうやってたのをさこう 解けたから。やっぱり こういう時ここに 力入ってたんだよね。ただ やっぱり すぐに要するに指示されたという事が すぐ次にやってきましたからね。あんまり愉快ではなかったですけどね」

これは 阿部が「ひまわり」と共に帰国する時の写真だ。社長からの おとがめは なし。「よくやった」とねぎらわれたという。まさに 清水の舞台から飛び降りる覚悟で「ひまわり」を落札した阿部。しかし その裏にはバブル景気に沸く日本企業に目を付けたオークション会社のしたたかな戦略がありました。

2の視点は クリスティーズの元の所有者から「ひまわり」を入手し史上最高額にまで引き上げた男です。

同じオークションに立ち会いながらも買い手の阿部と売り手のラウンデルは違う風景を見ていました。

史上最高額での落札。その裏側で交錯したアナザーストーリー。

その男は今クリスティーズを離れ ロンドンで美術商として働いている。今も 「あの『ひまわり』を売った男」という肩書が彼の名刺代わりだ。

「これを見ると 思い出しますね。拍手が すごかった。みんな驚いていました」

あの顛末 果たしてラウンデルにはどう映っていたのか?クリスティーズに その驚きの情報が もたらされたのはあのオークションの半年ほど前の事らしい。

かつて ナショナル・ギャラリーに展示されていた「ひまわり」の所有者が亡くなった。遺族の遺産分配のために絵の売却が検討されているというのだ。その情報に 会社がどれほど色めき立ったか。それはあのオークションで会長自らが ハンマーを握った事からも容易に想像できる。

当時 クリスティーズは近代絵画部門で宿命のライバル サザビーズに後れを取っていると言われていた。

それを逆転する 絶好のチャンス。

会長の チャールス・オルソップが託した切り札があの男だった。35歳の若さだが版画部門の責任者として前例に とらわれない手法でめきめき実績を上げていた。

「あのミッションには身震いしましたね。版画部門から印象派部門の部長に抜擢され、それを立案し 取りしきる事はすごいプレッシャーでしたが、またとないチャンスでもありました」

ラウンデルの動きは早かった。

これは 彼が遺族に示した売却の提案書。周到なプランで遺族の信用を勝ち取った。そして これまでの最高記録を塗り替えるべく独自の手法でオークションへの準備を始めた。

その作戦の一つが 実物を見せて購買意欲を くすぐる 下見会。

「今でこそ 一般的だが」

部下の ジェニングスは こう語る。

「あれは 私たちが最初に始めた事ですよ。「ワールドツアー」と呼んでニューヨーク スイスそして 日本を回ったんです」

ラウンデルは下見会を世界3か所で開催している。

「最初は東京 次いで」

カギは その最初を東京にした事。これこそラウンデルの秘策だった。空前の好景気に沸く東京で最初の下見会を行い落札予想価格を一気に引き上げる。オークション1か月前部下のジェニングスが「ひまわり」を東京に運んだ。厳重に箱に収めたうえ絵のために席を確保して

「隣には 屈強の警備員が座りました。手錠で つなぐまではしませんでしたが、いっときも 絵から目を離す事はありませんでしたね」

そして ラウンデルは買い手へのアプローチを開始する。その 戦略は?

「前の年にやったマネのオークションで 次に。しかし 今回は特別です。落札価格が 世界最高記録を更新する事は間違いありませんでしたから。それでも「ひまわり」を買えるほどのつまり 並外れた資金力のある顧客を見つける必要がありました」

この時 ラウンデルが真っ先に思い浮かべていたのがあの 安田火災だった。数か月前 マネの絵を買えなかった時の落胆ぶりを覚えていたからだ。

「安田火災には高額入札をする準備がある事を私は 既に知っていました。マネのオークションでも 日本の購入予定者リストのトップは安田火災でしたからね。後藤さんと阿部さんが 美術館の目玉になる傑作が欲しいとおっしゃっていたのを覚えています」

そしてラウンデルはもう一つ 手を打った。このカタログだ。当時 これほど詳細なカタログは異例。ある ねらいが 隠されていた。「ひまわり」の過去の所有者の中に日本人の名前が。

「これは あまり知られていないかもしれません。私たちは 「ひまわり」について徹底的に調べました。すると・・・という事実が分かったのです」

ゴッホが描いた7枚の「ひまわり」のうち1枚は戦前 神戸に渡っていた。戦争で失われたが今回は 「ひまわり」を日本に取り返すチャンスだと暗示した。

「私たちは 日本人の購買意欲をかきたてるのにこれは重要な要素だと思いました。というストーリーをつくったのです」

ラウンデルの作戦は見事に的中する。東京の下見会で早くも購入希望が続出。間違いなく 記録的な値段になる手応えを得た。ニューヨーク、チューリヒを回り予想価格は 更に跳ね上がった。

「ですが 各地で下見会を重ね多くの顧客の目に触れる度に」

いよいよ本番。この時 ラウンデルが抱えていた最大の不安。それは 大本命の安田火災が本当に最後まで持ちこたえられるかどうかだった。ラウンデルは 何に かけたのか?

「初めて阿部さんに会った時私は 一目で人間として好きになりました。彼と話し 東京の下見会で後藤さんに絵を見て頂き「ひまわりを絶対に落札したい」という強い信念を感じました」

「ひまわり」を美術館の中心的存在にしたい。その役割が果たせるのは「ひまわり」以外にないという思いも。

ですから 私はラウンデルは 信頼したからこそ阿部に伝え続けた。勝つためにはその予算では足りないと。

「本当に そういう感情が信頼感というものにまで高まったのは極端にいえば 当日ですよね。当日の午前中の打ち合わせの場ですね」

運命のオークション。午後725分 開始。会場の脇で 社員が それぞれ顧客の代理人を務める。

「この時は スタッフ全員がディナージャケットや蝶ネクタイを着用しなくてはいけませんでした。とても特別な場だったからです。興奮が高まってきていました。皆 大変重要な出来事を目撃する事になると 予感していました」

いよいよ ラウンデルが約束を果たす時。阿部と約束した2, 300万ポンド以下で絶対に競り落とす。

数か月に及んだ準備の事。オークション史上最高の落札額への期待。

「クリスティーズの歴史と私の人生においてとても重要な瞬間で偉大な成功を収める事ができるかがかかっていましたから」

2, 000万ポンドを超えたところでライバルのコールが遅くなった。

「電話で こう 手を覆ってるから何を話したかは定かではないんだけれども」

「うわあ 大丈夫かな」。

「で 向こうは また すごくこれは弱ってるなという感覚は持ってましたよね。それでも」

ラウンデルは一呼吸置いて ビット。これが 決め手だった。

「興奮しましたね」

落札直後の記者会見。ポーカーフェースを通してきたラウンデルの 満面の笑顔がある。

「あの時 自分の人生が大きく変わりました。私は 「『ひまわり』を売った男」として知られこれは ものすごい経歴となり評判にもなりました。30年以上たった今も「ひまわり」のオークションを人々は話題にします。私のキャリアの中で最も桁外れな出来事です」

「ひまわり」落札の影響を受けてバブル期の日本企業は…次々に名画を買いあさりました。ルノワールの 「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」は「ひまわり」を大きく超える。ゴッホの 「医師ガシェの肖像」は更に上回り。しかし 間もなくバブルは 跡形もなくはじけ散ります。その結果せっかく手に入れた名画ははるかに安い値段で売り払われていきました。

「ひまわり」は日本に残りましたがそこにヨーロッパからある風評が。「日本に買われた『ひまわり』は偽物だ」。…という 贋作疑惑です。

3の視点は この論争から「ひまわり」を救った男。

オランダ・ゴッホ美術館の学芸員…彼は どのようにして本物と偽物を見分けたのか。

ゴッホ研究の第一人者が語るミステリーのようなアナザーストーリー。

「ひまわり」の落札劇はその あまりの金額からバッシングの対象となった。

「そんな金があるなら保険料を下げろ」という声。

大蔵省からも 無用に海外の感情を刺激するなと異例の発表。それに対して 社長の後藤はこう説明している。

結局 一般公開されるや批判など どこ吹く風。空前のゴッホブームが起きた。

「ひまわり」落札を取材した勅使河原 純はその様子を鮮烈に覚えている。

「ゴッホの 「ひまわり」を獲得した瞬間から年間の入場者数が 20万人ぐらい上がっていくわけですからね。実際ね ゴッホが落札されてからね。それで 近くのお店がねみんな お客さんでいっぱいになったんで。こんな話は 今日まで聞いた事がありませんね」

それから 10年。ゴッホ人気はとどまるところを知らず海外の美術館は もとよりフランスにある

ゴッホの墓までが日本人で あふれた。

そんなころだ イギリスでこんなドキュメンタリーが放映されたのは。

日本のブームを揶揄するナレーション。

更に…日本が買った 「ひまわり」は偽物だと主張した。

贋作疑惑は やっかいだ。明確な証拠が見つからないと反論が難しいのだ。

この時 にわかに動きだしたのは日本でもイギリスでもなくゴッホの生まれ故郷オランダの人物だった。

ゴッホ研究の世界的権威とされる男

「覚悟をもって この仕事に臨んだ。それが 最初の直感でした。しかし すぐには立証できませんでした。

なぜなら あの作品は長年 ナショナル・ギャラリーで展示されてきたあまりにも有名な作品のため本格的な鑑定は行われてこなかった」

偽物だという風評は世界中に飛び火。その中で ティルボルフの調査はスタートする。

「日本の 「ひまわり」の偽物疑惑が出るとすぐに我々の意見を聞かれました。私たちは 絵が偽物だとは思っていませんでしたがこの際

ティルボルフは安田火災の協力を得て「ひまわり」の徹底調査を開始した。

「美術館のスタッフが 額縁を外し絵の具が塗られたカンバスまでしっかりと見せてくれました。

おかげで多くのデータが得られました。それから 日本の「ひまわり」と他の「ひまわり」を徹底的に比較し 分析しました。そういった事をつぶさに調べたのです」

折れた茎への言いがかりは瞬く間に払拭された。日本の「ひまわり」と「ひまわり」以外のゴッホ作品を比較するとすぐに答えが出ました。

「ご覧のように 折れた茎の表現が随所に登場します」

そしてティルボルフは4年を かけてついに決定的な証拠をつかむ。「ひまわり」のカンバスのX線画像分析だ。縦糸と横糸の密度を調べた結果驚くべき事実が分かったのだ。なんと「ひまわり」のカンバスの布がある大物画家が描いた絵のカンバスと 一致した。

ゴッホと並ぶ印象派の巨匠…ゴッホとは 一時期南フランスで同じ家に住み共同作業を行っていた事が知られている。絵の布が同じという事は2人が布を分け合った証拠。これこそ ゴッホの真作の証しだとティルボルフは断じた。

「これは 本物である事の決定的証拠です。そして これまでは知られていなかったゴッホとゴーギャンの親密な関係が明らかになったのです」

ティルボルフが一組の絵を見せてくれた。

これは ゴーギャンが描いたひまわりを描くゴッホ。

ティルボルフは 「ひまわり」が日本の企業に落札された事を好意的に受け止めている。

「あの「ひまわり」はゴッホの全盛期の傑作ですが…ゴッホが日本人のように描きたくて試行錯誤した中で最も良く描けた作品でしょう。人々の努力の結果「ひまわり」が日本に来たのは日本人にとっても幸せな事でした」

日本企業に買い取られ今も日本で見る事ができるゴッホの 「ひまわり」。落札に投じられた お金 53億円。これは果たして 高すぎたのか?それとも 値段に見合う価値ある買い物だったのか?

どんな名画も その値打ちは見る人しだいだと言いますがさて あなたにとってはいかがですか?

「ひまわり」以降 名画の落札価格は上がり続けている。

そして去年史上最高額が出た。

53億円の 「ひまわり」が今では安く感じられるほどになった。でも その絵が日本にある事は意外に知られていない。

(取材者)どこの国が持ってるかって

「いや 分かんないっすね。フランス? 違うかな。イタリア。今ですか?ルーブルとかじゃないんですか?」「全然知らないです。 どこの美術館とか そういう事ですよね」

一応 新宿にあるんですよ。すぐ そこの美術館らしいんですけど。

「ああ 損保の。死ぬまでには一回やっぱりゴッホっていえば有名なので一度は見てみたい気はしますね」

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