フォト

にほんブログ村

  • 脳卒中おじさんの回想
    https://ameblo.jp/thanamizu
  • ここをクリックし投票願います。
  • にほんブログ村 (私のブログ村 の成績が見える))
無料ブログはココログ

人気ブロ

« 密着!プリンスたちの学び舎や~スイス名門寄宿学校~を見た。 | トップページ | SWITCHインタビュー 達人達(たち)「蝶野正洋×大西順子」看護師がきた。 右足の傷をなおしをした。 理学療法士がきた。右足の傷のあわりを柔らくする。玄関から出入りし、外を計70m歩く。. »

2018年6月17日 (日)

カストロ VS ゲバラ | BS世界のドキュメンタリー | NHK BS1を見た。

ウェルネスリンク  歩数ランキング: 

最近1週間の平均歩数:歩  目標達成:0/7 日  週間Ex量:0.0 Ex
今日は歩数計379
家の中を往復20回(7m*2=14m?)*0=0回(14*20*6=2800m?)
歩くときのストップウォッチで速度をはかる。いまの私は健康な人の約6倍もおそい。私が歩くのは右足の筋肉と便秘改善と頭の体操です。往復20回で歩数計は約2000歩数になる。
①分48秒 ②分48秒  ③分13秒④分04秒⑤分09秒
⑥分06秒⑦分20秒⑧分03秒⑨分22秒

インテレクトEMSポータブルを右肩の骨(行三角筋前部繊維)と
右足の腰骨と大転子の間にパッドを貼りダイアルを下に回し電源を
入れて目安は3-4程度 20分*2回
ハディマッサージャー ハンディバイブ(一般家庭向け電気マッサージ器)を
右手にする。振動刺激で筋肉の緊張をやわらげる。
歩くときに悪い右足にできるだけ重心をかけるようにして右足を前に出すときに杖も前に出す。
そして悪い右足と杖で大きく良い左足が前に出ていることを目標する

カストロ VS ゲバラ  BS世界のドキュメンタリー  NHK BS1

根っからの政治家でキューバ革命を成し遂げたフィデル・カストロと、カリスマ性がありラテンアメリカの解放を目指したチェ・ゲバラ。2人の対照的な生き方をたどる。

アメリカの支配からキューバを解放したいカストロは、亡命先のメキシコでアルゼンチン人のゲバラと出会う。ゲバラはマルクス主義者でラテンアメリカ全体の共産主義化を目指していた。キューバ革命を成功させ、天才的な政治センスで冷戦期のアメリカとの対立を切りぬけたカストロに対して、ゲバラは慰留の誘いを断ってキューバを去り、国際的な革命闘争に参加。共産主義の理想を追い求め、壮絶な死を迎える。

原題

CASTRO VS GUEVARA :A Friendship Tested by Revolution

制作

Wild Angle Productions(フランス 2016年)

 

革命を通して、フィデルは「権力」を求め、チェは世界革命(未来の変革)を求めた。
だが、ソビエトの影響から逃れられなくなったフィデル(キューバ)に対し、あくまで理想を追求するチェは、米ソ両国を敵に回す。その結果、〈ソ連を批判する厄介な存在と化したチェ〉をフィデルは遠ざけるようになり、アフリカ、そして遂にはボリビアに送り、見捨てた末に殉教者として祭りあげる。



新情報(新主張)
革命に勝利し、ハバナに入城したフィデルが演説した際に、まるで神の祝福のように鳩がフィデルの肩にとまるが、あれは調教師による演出だった。



チェはバティスタ政権の犯罪を裁く裁判で「殺し屋」の役を担わされたが、死刑宣告を下していたのはフィデル。



ゲバラがマルクス主義者だったのに対し、フィデルは現実主義者。ソ連への接近も現実的選択によるもので、イデオロギーに共鳴したわけではない。キューバは、ソ連と社会主義国から一日100万ドルを受け取る。



 ピッグス湾侵攻事件(プラヤ・ヒロン侵攻事件)の際、ソ連はキューバに武器や兵士を送り支援した。 https://stat.ameba.jp/user_images/20160523/22/rincon-del-cine-cubano/96/70/j/t02200146_0275018313653868466.jpg
*ギジェルモ・カブレラ=インファンテ(GCI)の妻、ミリアム・ゴメスの証言:〈事件を取材しに行ったGCIは、ソ連の戦車や兵士を目撃し大変なショックを受けた。帰宅すると泣きながら妻にその事実を告げた〉とネットで読んだことがある。真偽のほどが分からず、これまで紹介しなかったが真実味が増した。(Marysol)



 「ミサイル危機」がフィデルとチェの決裂のきっかけ。(米ソの平和共存策が、チェにしこりを残した。) 
チェは「ニューヨークをこの世から消し去る」と発言し、ソ連から要注意人物と見なされる。
1959年に広島を訪問したチェが、ソ連による核配備に合意・調印したことが残念でならない。(Marysol)

 

されるのを容認できなかったのだ」(ベニグノ)



 アフリカのあと、チェはアルゼンチンに戻りたかったが、ソ連の反対もあり、フィデルが許さなかった。ソ連はゲバラのキューバ帰国も望んでいなかった。
一方で、もしゲバラがボリビアで勝利すれば、ソ連の譲歩を引き出せるとフィデルは考えた。
ボリビア共産党がチェの存在をソ連に通告した。



Marysolより
本作がフランス製で、ベニグノ(=べニーニョ)が登場しているのを見て、共通点を感じ、久しぶりに『チェ・ゲバラ 伝説になった英雄』 1997年)を見直しました。
こちらはゲバラにのみ焦点を当てており、内容的に別物ですが、使われている映像や登場人物には共通点もあります。例えば、ベニグノのほか、ジャネット・アベルというフランス人のキューバ政治専門家。彼女は60年代にハバナで「若い共産主義者リーダー」としてチェと会い、その高潔さに感銘を受けますが、こんな証言をしています。
「チェに否定的な人もいた。特に、外国から来た共産主義者や各種団体のなかには。フランスの共産主義者は、彼を卑劣なブルジョアとか策士と呼んだ」。



キューバ革命が抱えた困難として、米国の妨害のみならず、ソ連派共産主義の圧力も無視できません。
特に文化を論じる際は というわけで、私も映画を通して、そこを検証してみたいと思っています。


ベニグノ尚、ベニグノは、今年3月に亡くなりました(享年76歳)。
彼はシエラ・マエストラ時代からチェに従い、アフリカ、ボリビアにも遠征しましたが、1994年にパリに亡命した後は、反フィデルとして発言するようになり、1997年には "Memorias de un soldado cubano(あるキューバ人兵士の手記)" という本も出しています。
が、訃報記事のなかに「彼は酔っ払いで、信ぴょう性に欠ける発言もある」という一文を目にし、気になっています。



最後に、フィデルの苦境についても言及があれば、もっとフェアな印象が残ったのにとその点が残念でした。
50
分では語りつくせなかった部分を補う意味でも、『チェ・ゲバラ 伝説になった英雄』を併せてご覧になることをお勧めします。

 

« 密着!プリンスたちの学び舎や~スイス名門寄宿学校~を見た。 | トップページ | SWITCHインタビュー 達人達(たち)「蝶野正洋×大西順子」看護師がきた。 右足の傷をなおしをした。 理学療法士がきた。右足の傷のあわりを柔らくする。玄関から出入りし、外を計70m歩く。. »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 密着!プリンスたちの学び舎や~スイス名門寄宿学校~を見た。 | トップページ | SWITCHインタビュー 達人達(たち)「蝶野正洋×大西順子」看護師がきた。 右足の傷をなおしをした。 理学療法士がきた。右足の傷のあわりを柔らくする。玄関から出入りし、外を計70m歩く。. »

最近の記事

最近のコメント

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31